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〓気づき

●生き残った縁者たちが明るく生きる姿を故人に見せることが、最高の供養と成る

東日本大震災から丸6年が経過を致しました。

たくさんの被災者たちのご冥福をお祈り致します。

亡くなられた家族の思い出と共に、多くの方々が今も生きています。

今を生きる残された家族を生かし支えているのは、亡くなられた故人たちの「思い」であり、せめてもの故人たちからの「希望」かも知れません。

自分たちが生きることが出来なかった代わりに、せめて助かった家族たちが、生き残った縁者たちが、元気に生きて欲しいという切なる故人の思いが、草葉の陰から送られていると感じます。

実際には、今はアノ世の故人たちのほうが笑顔であり、悲しみながら生きる家族を心配して見ているかも知れません。逆なのです。

私は、そう感じます。

大自然の災害で亡くなるということは、普通の個人の死とは意味が違い、今生の死に関しては、

*神様が引き取る。

*個人の功罪の因果を飛び越えて。

という大恩寵(恩寵:おんちょう。神様からのプレゼント)が死後に働きます。

人生の途中で、強制的に大自然により絶たれた命への特別措置法がアノ世で働きます。

本来ならば地獄に落ちたはずの魂も含めて、すべての魂が痛みがない霊界に置かれ、一定期間の後に、

*早めの転生(てんせい:生まれ変わり)か、

*善徳の多い魂は、上位の霊界へと安住される。

と感じます。

実は、コノ世のほうが苦しい世界かも知れません。

自殺(内在神殺し)は地獄へ行きますが、真面目に生きて亡くなった人、大自然の災害で強制的に引き取られた人、は霊界に戻ることが出来ます。

誰もの人生は短いものです。

その死後に必ず霊界に行けることは、これは貴重なことなのです。

誰もが死後は、自分の人生の総決算を受けることに成ります。

アノ世のことが自分自身で何となく分かり始めるほど、垣間見るほど、悪人を見ても責める気持ちが失せて行くものです。

その死後の行き先を、完全なる総決算が有ることを、自分で確信しているからです。

わざわざ自分が嫌なことを言う必要も無く、気の毒な可哀想な人だなという感想を持ち始めます。

これからも、先に亡くなられた故人たちが私達を心配しなくても良いように、故人のためにも明るく生きましょう。

それが、故人たちへの最高の供養に成るのです。

*奇数月3月は、温度差が生じ、毎年に要注意の防災月間です。

Pleiades.の髭男